我が家の「リケジョ」
ー 「祖父バカ」の復活 ー
上の孫娘が今春一浪して東大・理Ⅰに合格した。
早いものでわんぱくだった保育園時代は「お祖父のチン○」と言って叱られ、小中高の運動会では紅白リレー選手として出場し私たち夫婦を大いに楽しませてくれた孫娘が一九歳になり、これからの四年間「リケジョ」として研究職を目指す。
高2の頃から「大学は東大、」と決めていて、誰に聞いたのか「普通に勉強していたら通るんやって!」などと暢気なものだった。クラブ活動もバドミントンを続け、いちおうチームのメンバーにも入っていた。
昨年現役で受験したのだったが、センター試験は86%だったとかだが、二次試験を重視する東大では力及ばず、慶応・経済学部にはなんとか通っていたが、そうとう迷った結果、一浪して東大を目指すことにした。
この一年間、女性では初めてという塾での学習グループの班長を務め、「普通の勉強」どころか一日13時間のハードな受験学習を続けながらも、けっこう浪人生活を楽しんでいたようだった。
今年はセンター試験も92%だったとかで、ICUにも合格した。通っている塾からは彼女を含め4名が東大に合格した。
4月1日からオリエンテーションが始まるので、3月30日の夜行バスで上京した。
すぐに礼状が来た。いつもはメール連絡だったので、書状をもらうのは初めてだった。
これには前段があって、本人が母親と合格発表を見に行った時に赤門前で撮った写真にお礼挨拶の文言をつけて「お祝いをもらった人には必ず挨拶状を出すように」とハガキに印刷して10枚ばかり渡してあったのである。要らぬ祖父さんのお節介である。
「 お祝い有難うございました。
29日のお祖父ちゃんの料理おいしかったです。
その日の夕方に見たTVの内容を心に留めて、自分はなんのために勉強するかを考え、目標を定め、勉強第一に成長できるよう日々精進したいと思っております。
二人とも健康にはくれぐれもご留意ください。
住所 署名 」
何もしてやれなかったので、「お祖父ちゃんの手料理を楽しむ会」をやった。日頃鍛えた主夫業の技をご披露申したわけだ。残念ながら当日妹と母親は諸用で参加できなかったが、本人は自分でもサラダを作って持ってきていた。
私が作ったのは、猪肉の肉じゃが、魚のすり身のさつま揚げ、ポテトサラダ、野菜のかき揚げなど だったが、いずれも喜んで食べてくれた。
「夕方見たTV」というのは、たまたまその前夜にNHKで放映していた「近未来・東大生激論」という番組である。東大生、ソウル大学生、インド工科大学生各3名が、大学生活や授業への取り組み、学習の目的、将来の希望について語り合う。韓国やインドの学生たちはギラギラしたような将来への目的を持って学習している。一方、東大生などはやはりモラトリアム感覚が強い。「入学したらこの人たちに会うかもね」と言いながら録画を見ていた。これも祖父さんのお節介だったが、本人は何か考えることがあったと見える。
興味津々、東大教養英語のテキストをアマゾンに注文した。教養英語ならなんとかなりそうに思ったからである。EXWordを片手に訳読する。いろんな分野の専門家の論文を切り取った内容で、構文も難解なら専門用語も実に多いのである。レッスンごとに分野が変わるから、当然別の専門用語が出てくる。同じ単語をまた調べたりしている。さてさて、いつまで続くことやら、、?
入学式は4月12日(金)武道館で行われた。入学式には家族二名の参加枠があるのだが、父親である長男だけが参加した。祖父さんがしゃしゃり出ることもなかろう。新入生だけで3100名、広い武道館がいっぱいだ。写真を見ると、孫娘は最前列,演壇左手に座っていた。武道館の門を通るスーツ姿も初々しい。友人との記念写真もはじけている。親元離れて生活するのは全く初めてで、環境が全く違う東京でちゃんとやっていけるだろうかと少し不安はあるが、どんな成長を見せてくれるのかもまた楽しみである。
入学式に行けなかった代りに、十一月下旬の「駒場祭」にはぜひ参加しようと思った。学園祭ならまあ常識の範囲内だろう。十月初旬早々とホテルや航空券を予約したことである。駒場祭の詳細日程はまだ未定である。
(以前書き込んだものを補筆訂正して採録しました。)